近畿益田会


       このページは平成29年(2017年)8月31日(木)更新いたしました

          

島根県益田市の紹介


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当ページの紹介

当ページ内へのリンク

秦記念館「医学博士 秦佐八郎」島根県益田市美都町都茂
益田ご縁めぐり~おすすめお立ち寄りスポット~開運&ご縁の旅へでかけよう
島根県立万葉公園 - 人麻呂の、愛が眠る場所
萬福寺 - 雪舟庭園(国史蹟及名勝)室町時代
益田糸操り人形 - 島根県無形民俗文化財に指定されました
益田市久城町・櫛代賀姫神社の境内に展望地案内板などを設置
益田赤十字病院6階より益田市街地方面の風景
益田市合併10周年記念の紹介
益田市~Looking for Masuda-city
益田川ダムの紹介~穴あきダムってこんなダム
聖のまち益田~人麿と雪舟
益田の特産品~益田の自然からの贈り物
益田浪漫 ~ ロマンチックますだ
益田市 ~ 匹見町の紹介
益田市 ~ 美都町の紹介
益田市 ~ 二条地域の紹介
益田市 ~ 北仙道地域の紹介
リンク集

益田市の紹介


益田市立秦記念館「医学博士 秦佐八郎」

梅毒の特効薬サルバルサンの発見に貢献した、美都町出身の世界的医学者、秦佐八郎博士に関する資料や遺品が多数展示されている記念館。

秦博士の一生を物語る明治、大正、昭和3代にわたる多くの写真、手紙、参考図書をはじめ遺品類など総点数200点に及ぶ多数の資料と等身大の肖像画、年表などを配置して、その人柄、功績等をより分かり易いように展示してあります。

場  所: 島根県益田市美都町都茂807
開館時間: 9:00~16:00
交通アクセス:益田駅からバスで45分

▼上記チラシPDF ⇒ こちらからどうぞ

▼ 秦記念館(益田市ホームページ)⇒ こちらからどうぞ
▼ 秦記念館(なつかしの国石見) ⇒ こちらからどうぞ
▼ 秦佐八郎(ウィキペディア) ⇒ こちらからどうぞ

益田ご縁めぐり~おすすめお立ち寄りスポット

万葉の歌聖人麿にふれる
海底に没した鴨島の伝説
益田城主が崇敬した古社
自然の中で身も心もパワーアップ

▼上記チラシPDF ⇒ こちらからどうぞ

島根県立万葉公園

人麻呂の、愛が眠る場所 - そして、万葉のロマンは語り継がれます。

柿本人麻呂や万葉歌人が詠んだ歌碑・歌板が公園内に並び、万葉植物を通じて万葉のロマンに想いを馳せ、緑豊かな自然の中で、レクリエーションの時を共有することができます。

▼ 上記チラシPDF ⇒ こちらからどうぞ

▼ 島根県立万葉公園(なつかしの国石見)⇒ こちらからどうぞ
▼ 島根県立万葉公園Facebook ⇒ こちらからどうぞ

萬福寺

雪舟庭園(国史蹟及名勝)室町時代

1479年、画聖雪舟等楊禅師によって造られた寺院様式の、須弥山世界(仏教の世界観)を象徴した石庭です。面積は430坪

▼上記チラシPDF ⇒ こちらからどうぞ

▼ 萬福寺(なつかしの国石見)⇒ こちらからどうぞ

益田糸操り人形

昭和38年≪益田糸操り人形≫は島根県無形民俗文化財に指定されました。さらに昭和45年には人形が県有形民俗文化財の指定を受けています。

▼上記チラシPDF ⇒ こちらからどうぞ

▼ 益田糸操り人形 - 島根県芸術文化センター グラントワ ⇒ こちらからどうぞ
▼ 益田糸操り人形保持者会Facebook ⇒ こちらからどうぞ
▼ 益田糸操り人形 三十三所花の山 壺坂寺 予告編 - YouTube ⇒ こちらからどうぞ

益田市久城町・櫛代賀姫神社の境内に展望地案内板などを設置

島根県益田市内を見渡せる小高い丘にある櫛代賀姫(くししろかひめ)神社(益田市久城町)の境内に、地元住民が寄付金を募って展望案内板などを設置した。2013年に同神社本殿が国登録有形文化財になったのを機に、参拝とともに益田の風景を堪能してもらおうと取り組んだ。

同神社は奈良時代の733年創建とされ、平安時代の律令の施行細則である延喜式にも「櫛代賀姫命神社」として登場する。現在の本殿は1765年の再建だが、一部には1584年再建時のものとみられる古材が残っている。

本殿案内板は、歴史や様式などを写真と文章で説明。展望地案内板には、14年3月に国史跡指定を受けた中世港湾の中須東原遺跡(益田市中須町)の場所などを示した。中世の益田平野想像図をイラストで載せ、東南アジアと交易があった当時の姿を思い描けるようにした。

展望地から見える景色はきれいなので、多くの人に見てもらいたい。










▼ 写真の一部ですがスライドショーはこちらからどうぞ

益田赤十字病院6階より益田市街地方面の風景

平成27年(2015年)8月19日に撮影したもの









▼ 益田赤十字病院6階より益田市街地方面の風景こちらから(再生時間 3分58秒)
▼ 益田赤十字病院ホームページこちらからどうぞ

益田市合併10周年記念の紹介

2014年11月1日(土)グラントワ大ホールで益田市合併10周年記念式典が開催されました。
平成16年に益田市、美都町、匹見町が合併し、新しい益田市が誕生してからこのたび10周年を迎えました。益田市はこの記念すべき節目の年に、新市誕生からの10年間の歩みを振り返り、「みんなでつくろう!未来の益田」をテーマに様々な事業に取り組んでいます。
















▼ 益田市合併10周年記念動画はこちらからどうぞ
  横縦比は16:9が4:3(16:12)で再生されています。少し縦長になっていますのでご容赦を

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紹介コーナー


益田市~Looking for Masuda-city

益田市は島根県西部に位置し日本海に面する石西地域の中心都市である。 現在の市中心は高津川下流に広がる益田平野(吉田平野)の三角州に発展しており、明治時代からの中心部は益田駅東方の右田酒造付近(昔、瓦版が立っていた場所)(通称:旧益田)にある。

益田市は浜田市、大田市と共に石見三田(いわみさんだ)と呼ばれている。なお、益田市の面積は、島根県内ではもっとも広い。

      とりあえず益田に 「来てみんちゃい!」

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▼益田市内観光ドライブマップのPDFはこちらからどうぞ

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▼万葉公園マップのPDFはこちらからどうぞ

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▼唐音水仙公園マップのPDFはこちらからどうぞ


▼上記のPDF(平成26年度 年間展示予定表)はこちらからどうぞ
▼益田市立雪舟の郷記念館はこちらからどうぞ


▼上記のPDF(平成26年度 年間展示予定表)はこちらからどうぞ
▼益田市立歴史民俗資料館はこちらからどうぞ


▼上記のPDFはこちらからどうぞ

    ようきんちゃったね。ゆっくりしていきんちゃい(*^^*)

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     ◆◇   益田市の最新の話題をお届け   ◇◆
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(2014年2月27日の記事)
冬から春へと移り変わる今の時期、気温や陽射し、草花の変化など、自然の中で新たな季節の兆しを発見すると嬉しい気持ちになるものです。 現在、益田市の「雪舟の郷記念館」では“四季の移ろい”をテーマにした日本画展を開催中です。 雲の流れや水の音、また木々の芽吹きなど、ふとした一瞬の感動を逃さず絵筆で描きとめた作品を集めた展覧会です。自然の力強さ、繊細さを味わってみませんか。

▼企画展「日本画優品展2~四季の移ろい~」(~2014/4/20 益田市)はこちらからどうぞ

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   ◆◇ 知ってる!?しまね 【歴史や文化を再発見!】 ◇◆
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益田市からの話題をお届けします。(2013年11月28日の記事)
 ― 晩年を益田で過ごした画聖・雪舟 ―

室町時代に活躍し、“画聖”とも呼ばれる雪舟は晩年を益田市で過ごしました。

雪舟は室町時代中期に、岡山で産まれ、青年期に京都で禅僧として修行に励みました。その後中国へ渡り、水墨画の画法を学んだといいます。 帰国後は、京都の戦乱(応仁の乱)を避けて九州、さらに山口へ渡り、その後、益田城主であった益田兼堯(ますだかねたか)によってこの地に招かれ「医光寺」の住職となりました。

益田滞在中には「益田兼堯像」「花鳥図屏風」などの名画を描き、また、建庭家として「医光寺」「萬福寺」に見事な庭園を築きました。晩年は「東光寺(現「大喜庵」)」で過ごし、87年の生涯を閉じたと伝えられています。

これら雪舟ゆかりの地には、現在も訪れることができます。「医光寺」の雪舟庭園は国史跡および名勝に指定されており、 春には鮮やかな花々の彩り、夏は涼しげな緑、秋には見事な紅葉、そして冬は雪に覆われ水墨画のような世界が広がるなど、四季折々に美しい表情を見せてくれます。

また、「萬福寺」の庭園も国史跡および名勝で、池の向こうになだらかな築山(つきやま)と石組みを望む、明るく穏やかな景色を味わうことができます。

「東光寺(現・大喜庵)」には、雪舟が硯や茶の水に使ったと言われる岩清水があり、現在でも愛好者が絶えません。ここに建てられた雪舟の墓には、偉人を慕う人々が国内外から多く訪れています。

雪舟ゆかりの地をめぐる際には、「大喜庵」の隣にある「雪舟の郷記念館」に足を運ぶのもおすすめです。雪舟と益田の歴史について詳しく知ることができますよ。

京の戦乱を避け、安穏な益田の地を晩年の創作活動の拠点に選んだとされる雪舟。室町時代の美意識を現在まで伝える“画聖”の功績は、この地にも数多く遺されています。益田へ訪れたら、ぜひこれらの歴史と文化にも触れてみてください。

▼晩年を益田で過ごした「画聖」雪舟についてはこちらからどうぞ

※今回の「知ってる!?しまね」は「益田市文化交流課」にご協力いただきました。

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      《 たのしまね U・Iターン情報 》
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(2013年11月28日の記事)
益田市ではU・Iターン、田舎暮らしを希望する人のために「益田市空き家バンクナビ」で物件紹介を行っています。定住する際の空き家の改修に関して、補助金を交付する制度もあります。 ホームページでは、実際に移住した人、空き家バンクを活用した人の声などが詳しく紹介されていますので、ぜひ参考にしてみてください。

▼益田市の定住情報はこちらからどうぞ

※「益田市地域振興課」にご協力いただきました。

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      ◆◇   いちおし! イベント情報   ◇◆
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(2013年10月10日の記事)
●県立万葉公園(益田市)
・表千家社中 秋の茶会
 開催日:2013/10/26(土)・10/27(日)
 毎年恒例の秋の茶会です。色づき始めた木々や公園内の万葉植物を観賞しながら、風情あるやすらぎの家でゆっくりとした時間を過ごしつつ、お抹茶をお楽しみください。
▼紹介ページはこちらからどうぞ

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     ◆◇ 知ってる!?しまね 【観光スポット編】 ◇◆
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益田市からの話題をお届けします。(2013年7月25日の記事)
空港滑走路が舞台!「萩・石見空港マラソン全国大会」についてご紹介♪

― 秋の益田路を爽やかに駆け抜ける「萩・石見空港マラソン全国大会」―

夏の強い陽射しがジリジリと照りつけ、少し外を歩けばすぐに汗が流れる季節。そんな中でも、朝晩の街中では黙々とトレーニングに励むランナーの姿をお見かけします。 マラソン大会参加を目指して、トレーニングをされているのかもしれません。

益田市ではこの秋、「第6回 萩・石見空港マラソン全国大会」が開催されます。萩・石見空港、および県立万葉公園を主会場とし、全国でも唯一の空港滑走路をスタート地点とするマラソン大会です。 毎年、多数のランナーが参加して大会は大盛況、昨年は合計2,770組が秋の益田路を満喫しました。

一番人気の「ハーフマラソンの部」は日本陸連公認コース。空港を出ると、日本海の海岸線に沿って潮風を感じながら走る絶景のコースです。 その他、「10kmコース」「2kmコース」「ウォーキングコース」、車椅子の方も参加可能な「エンジョイランの部」など、全国で活躍するランナーの方はもちろん、子どもから大人まで楽しめるマラソン大会になっています。

また、「マラソンフェスタin益田」も県立万葉公園で同時開催。飲食の屋台や石見神楽などさまざまな催しが行われ、賑やかです。「マラソンフェスタin益田」は当日どなたでも気軽に立ち寄ることができ、ランナーだけでなく、応援の方も楽しめますよ。 壮大な空港滑走路、キラキラ輝く日本海、赤い石州瓦が懐かしい田園風景、地域の方の温かい応援が、ランナーや来場者の皆さんを迎えてくれます。この感動を、ぜひ体験してみませんか?

マラソン大会へのエントリーは8/31まで。受付は先着順で、定員に達し次第申し込み締め切りとなります。

▼「第6回 萩・石見空港マラソン全国大会」(10/20 益田市)のページはこちらからどうぞ

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      《 島根のごっつぉ(ご馳走) 》
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(2013年7月25日の記事)
日本一の清流に育まれた「高津川天然あゆ」を紹介します!

益田圏域の宝といえば、平成22年・23年と2年連続で“水質日本一”となった清流「高津川」。
近年、その「高津川」では島根のあゆづくりとして、高津川地場産種苗での放流に取組んできました。平成22年には、遂に100%高津川地場産の稚あゆ放流を達成しました。

豊かな森林からの清流が保たれ、良質な苔が育ちます。その苔を食べて、薫り高いあゆが育ちます。 初春には稚アユが帯になって遡上する姿が各所で見られ、天然遡上の多さも高津川の豊かな恵みの証です。 この「高津川天然あゆ」は全国発送も行なわれています。漁期は10月10日まで、遅い時期には入荷が少なくなるそうなので、購入される際は、早めの注文をお勧めします。

▼「高津川天然あゆ」のページはこちらからどうぞ

 ※ご注文は
  TEL:0856-25-2911
  FAX:0856-25-2973

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   ◆◇◆ 知ってる!?しまね 【しまねの市町村編】 ◆◇◆
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益田市からの話題をお届けします。(2013年2月21日の記事)

「鴨山の磐根しまける吾をかも 知らにと妹が待ちつつあらむ」(かもやまの いはねしまける われをかも しらにといもが まちつつあらむ)

この歌は、石見地方で「人丸(ひとまる)さん」と呼ばれ親しまれている万葉の歌人・柿本人麿が終焉の地、鴨山で詠んだ辞世の歌とされています。 鴨山の所在については諸説ありますが、万寿3年(1026年)の地震による津波で水没し、現在海面下にある益田市沖の「鴨島瀬」がその有力な説として海底調査も行われ、古代のロマンをかきたてています。

鴨島を望む中須海岸では、昔から天然の見事な地のはまぐりが獲れます。はまぐりはかつて日本中どこの浜に行っても見られ、 古代より日本人に親しまれてきた貝の代表でした。形といい色艶といい実に美しく、昔の遊び「貝あわせ」にみられるように2枚の殻が必ず同じ貝でないと合わない事から、夫婦愛のシンボルとして、婚礼の祝膳には欠かせない食べ物として伝えられてきました。

ところが、今では多くの浜でその姿を消し、益田でも一時期その姿が消えかかっていました。ですが最近、再び増え始め、かつての姿が蘇ってきたのです。 近年、益田で獲れるはまぐりのことを「鴨島はまぐり」と名付け、地元ではPRの取り組みがスタートしています。

「鴨島はまぐり」は殻長7センチ以上の大型はまぐり。人麿ゆかりの地と伝えられる鴨島があった周辺の海で獲れることから、公募によってこのように名付けられました。

はまぐりが再び獲れ出した理由は、森の再生や河川の水質向上などが考えられます。益田には平成18年、19年、22年、23年と水質日本一となった一級河川「高津川」と 「益田川」が中国山地の森から海に命を注ぎ込んでおり、益田産はまぐりは、この2つの河川に挟まれたわずか1.5kmの浜でのみ育ちます。特に高津川流域では、流域住民による清掃、植林活動、 意識改革のための勉強会といった様々な取り組みの結果、水質の向上につながっていると考えられています。はまぐりの存在は、日本中で失われつつある森・川・海の水の循環を示すものなのです。

益田でのはまぐり漁は、船上から箱眼鏡でのぞき、砂に潜っている貝を1個1個、丁寧に鉾(ほこ)で突いて獲る「磯見漁(いそみりょう)」という漁法で行われています。 この漁法は視界が良くないと獲れないため、いつでも出来るわけではありません。しかしそのことが乱獲を防ぐ事になり、ハマグリを守っているのです。さらには、7cm以下の採捕を禁止したり、出漁時間や1日当たりの漁獲量を厳しく規制しています。

「鴨島はまぐり」は年間を通して食べることができますが、海が荒れにくく、穏やかな5月~8月にかけて特に漁獲量が多くなるのだそうです。

獲れたはまぐりは主に市内の飲食店へ卸され、地元の各料理店などでそれぞれにオリジナルメニューを作って提供しています。数量が限られるため、県外向けの流通はまだほとんどなく、 ぜひ地元へ来て食べてもらいたい逸品なんだそう。

おすすめメニューは、大きな「鴨島はまぐり」をもち米と一緒にふっくらと蒸し上げた「はまぐりおこわ」。 貝の旨味がじっくりと染み込んだもち米と歯ごたえのあるはまぐりの身が、シンプルながらも素材の魅力をストレートに感じさせてくれます。プリッと肉厚な「鴨島はまぐり」の食感や濃厚な風味を堪能できますよ。

また、昨年夏にはこの「鴨島はまぐり」の貝殻そのものを市内観光バスの乗車券として観光客に数量限定で提供し、新たな特産品のPRにつなげた、というユニークな話題もありました。

鴨島を望む浜で獲れる、自然豊かなふるさとが育てた「鴨島はまぐり」。森・川・海がつながる水と命の輪の象徴として、また人麿の古代から現代へ、そして未来へと受け継いでいくべきものとして、地元での取り組みにこれからも注目です。

▼「鴨島はまぐり」のページはこちらからどうぞ


▼上記のパンフレットPDFはこちらからどうぞ

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益田川ダムの紹介~穴あきダムってこんなダム

益田川ダムは島根県益田市、二級河川・益田川の本川中流部に建設されたダムである。
着工年:1973年  竣工年:2005年

下流部から見た益田川ダム


上流部から見た益田川ダム

益田川ダムの特徴は平常時には全く貯水を行わない穴あきダムであり、通常は河水をそのまま流す。 河床部にある常用洪水吐きは計画洪水流量で決められた量を放流するため計算された大きさとし、それより大量の洪水が流入したときには自動的に貯水するシステムとなっている。 従ってゲートなどの構造物が無いことから工事費削減にも寄与するほか、ゲートの位置が河床とほぼ同一の高さになっているため魚類の遡上が容易であり、またダムの宿命ともいえる堆砂の処理が極めて簡単であることから、環境に負荷を掛けないダムの構造となっている。

島根県が管理する高さ48メートルの重力式コンクリートダムで、益田川の治水を目的として洪水調節目的に特化された治水ダムである。 常用洪水吐きを河床(川の底)部に設置したいわゆる穴あきダム(流水型ダム)の構造を採っており、この種のダムとしては、完成しているダムの中では現在日本最大規模のダムでもある。 ダムによって形成された人造湖は、地元からの公募によってひだまり湖と命名された。

1983年(昭和58年)7月、山陰地方を襲った梅雨前線豪雨(山陰豪雨)により益田川は過去に例を見ない大洪水となり死者9人、全半壊家屋1,700棟あまりの大きな被害を受けた。こうした山陰豪雨を受けて早期の河川改修が急務となり、ダム計画の見直しを行なった。 水没家屋・耕地をなるべく大きくしない方策としてダムに貯水を行わない穴あきダムとして作られた。

ひだまり湖
ダム湖であるひだまり湖は2005年(平成17年)に愛称の公募によって決定された。 一般的なダム湖の姿として貯水が行われたのはダムに貯水を行ってダムや周辺の斜面に影響が無いかどうかを調査する「試験湛水」の時だけであり、通常時は写真の通り空である。 従ってダム湖に貯水が行われる時は、過去に例を見ない豪雨が降った時である。周辺にはレクリェーション施設などが建設されており、市民の憩いの場として整備が行われている。

通常時は写真のように全く貯水されていない。


通常時は写真のように全く貯水されていない。

 穴あきダム(流水型ダム)の実態
「日本一環境にやさしい」などと流布されている穴あきダムの実態はこれだ!

▼【動画】穴あきダムの実態、益田川ダムはこちらからどうぞ
▼【動画】穴あきダムってこんなダム、益田川ダムはこちらからどうぞ

▼益田川ダム(流水型ダム)はこちらからどうぞ
▼益田川ダム(流水型ダム)はこちらからどうぞ

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聖のまち益田~人麿と雪舟


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▼雪舟マップのPDFはこちらからどうぞ

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益田の特産品~益田の自然からの贈り物



▼益田の自然からの贈り物の紹介PDFはこちらからどうぞ

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益田浪漫 ~ ロマンチックますだ


  益田市内での楽しみ方、参考になさってくださいな

▼ダウンロードしてご覧ください。こちらからどうぞ




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益田市 ~ 匹見町の紹介

面積のおよそ97%を山林で占める、益田市匹見町。 西中国山地最高峰の恐羅漢山をはじめ、1,000m級の山々が町を包み込むように連なり、深い山から湧き出る豊かな水は、2年連続で清流日本一に輝 いた高津川を育んでいます。

清冽な水と緑が織りなす風景は、匹見ならではの心和む彩を見せています。そんな匹見の魅力とは何でしょう。決して自然だけではありません。 自然と調和した文化、伝統、技術、知恵、経験のすべて。すなわち、匹見町で頑張っている地域住民の活動そのものです。

その活力を結集し、“匹見の魅力”をもっと多くの人に伝え、地域を元気にしていこうと、民泊や地域おこし・加工グループなど個別に活動する団体が連携し、平成20年3月に「ひきみ田舎体験推進協 議会」は誕生しました。

活動方針
1. 多くの人々との交流を通じて、会員のいきがいづくりと所得向上を目指します。
2.知識、経験、技術および伝統を若者に伝え、後継者の育成を図ります。
3.設立趣旨、活動内容などを広く関係者に周知し、会員数の増加を図ります。
4.団体客も受け入れ可能な地域連携型のネットワーク強化を図ります。
5.各会員の特徴を活かした田舎体験メニューを企画・立案します。
6.豊かな資源を活用した田舎体験ツアーを実施します。
7.民泊による受け入れを促進するため、町民への啓発活動を行います。
▼ひきみ田舎体験推進協議会のページはこちらからどうぞ

お子さんと一緒に匹見を体験したい方のために、新しいパンフレットができました!
大人も子どもも楽しめる日帰りモデルコースを掲載!
飲食店や温泉、遊びスポットの情報も掲載していますので、一日中匹見を満喫できる内容になっています。
※田舎体験メニューは全て予約制です。


▼田舎体験ガイド「匹見町へ行こう~子どもと楽しむ!編~」の紹介ページはこちらからどうぞ

田舎体験イベントについて
匹見町では、1年を通して多種多様の田舎体験イベントを開催しております。地元の方と一緒に、のんびり楽しく時間を過ごしていただけるイベントばかりです。ぜひ、1度ご参加ください。
※田舎体験をするには、事前の予約が必要です。

▼ ひきみ田舎体験トップページはこちらからどうぞ


▼ 匹見峡温泉やすらぎの湯の紹介PDFはこちらからどうぞ


▼ ひきみ森の器工芸組合 みかずら ⇒ こちらからどうぞ


▼ ひきみのワサビの紹介PDFはこちらからどうぞ



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▼美濃地屋敷のPDFはこちらからどうぞ

☆おすすめ動画
・三葛(みかずら)神楽は益田市では数少ない六調子神楽の一つであり、その囃子の調子を自ら「六調子打切(うちきり)」と名乗っています。紙祖(しそ)の三葛地区の人々で伝承されています。
 三葛神楽(益田市匹見町紙祖 三葛神楽保持者会)~こちらからどうぞ

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益田市 ~ 北仙道地域の紹介

魅力ある地域づくりの取組み紹介

▼ 上記記事のPDFはこちらからどうぞ
広報ますだ 平成27年(2015年)9月号より転載

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益田市 ~ 二条地域の紹介

魅力ある地域づくりの取組み紹介

▼ 上記記事のPDFはこちらからどうぞ
広報ますだ 平成27年(2015年)9月号より転載

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2012年の記事
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私達の住む二条の里は、島根県西部の益田市中心地から南西に約20km程入った山の中にあります。人口は約600人余り、戸数は300戸に満たない小さな山里です。

この二条の里も過疎化と高齢化の波に押され、将来への不安は募るばかりです。 交通が不便だったが故にかつての好景気に沸く世の中に見られたような開発の波は、全く押し寄せてきませんでした。 経済的な豊かさとは程遠い環境ではありましたが、このことがかえって二条の里に何にも替えがたいものを残すことになったのです。

それは、人々の厚い人情や豊かな自然、脈々と伝えられ守られてきた歴史や暮らしの知恵、そして 農の技術と大地の恵みなど、なつかしい日本の農村の原風景が、二条の里にはいまなお色濃く残っているのです。 このことに気が付いた私達は、今この里に残っているものを何の手を加えることなく、多くの人達に見てもらい、二条の里を訪れてもらうことで沢山の人達と交流し、自信を取り戻してこの里を守っていこうと思いました。

今後は文化交流発展の為に、インターネットや各種催し物等を通してこの里のあらゆる情報を地区内外へと発信してまいります。 およそ観光と呼べるものとは殆んど縁の無い山里ではありますが、日本人が無くしてしまったもの、 遠い昔に自分が置き忘れたもの、そんな何かにもう一度出会いたいと思った時、どうぞこの小さな山里を訪れてみてください。

何も無いところに無くしたくないものがあると思います

      とりあえず二条に 「来てみんちゃい、なつかしの里へ」





●交通案内
1.バス:JR益田駅前から二条または桂平行き石見交通バスに乗車約40分、黒周バス停で下車。さらに徒歩約30分で柏原小学校前に到着。
2.車:益田市内から県道益田阿武線を山口方面に向かい、黒周町から県道益田津和野線(地図では、昔の路線名である日原田万川線となっている)に入ると、道沿いに二条川が流れている。

●地域概要
二条川は愛栄地区弋ヶ田原の長彦山を源に下流へ約4km、市道柏原木部線、県道益田津和野線と並行して流れている。 中でも柏原小学校付近にはカジカガエルやゲンジボタル、ハッチョウトンボが季節ごとに乱舞し田舎の風景を醸し出している。

平成元年に二条ふるさと活性協議会を結成し、自然の保護、伝統芸能の継承、青少年の育成等を目的に活動している。その中で「ホタル育成部会」を結成し、ホタルの養殖から保護育成に力を入れている。

毎年6月の第二土曜日の夕方頃から柏原小学校で二条ホタル祭りを開催し、自然の大切さ生き物の尊さをテーマに思想普及に努めている。
また、沿線にはホタル、カジカガエルの看板も作り、広く皆様にお知らせしながら御理解と御協力を頂いている。6月と9月には沿線の住民全員で川の草刈りをし「美しい郷土の川づくり」に努力している。

平成8年には東京からホタル会議のメンバー30数名をお迎えして交流会を盛大に開催したが、その団長さんは昭和天皇に昆虫学を教授された方だった。 田舎のお餅が大変おいしかったと言って頂き、とても有意義な交流会であった。

●史跡 横山城跡
益田市指定文化財(指定 昭和54年4月21日)
横山城は、標高350mの山頂に築かれた、中世の山城です。 本丸は全長67m、幅16mの平坦地で、本丸の東端には、5段の空堀が残り 本丸の南斜面には全長67m、幅3~6mの帯状の二の丸があり、厩(うまや)の段と称されています。

この城は鎌倉時代に幕府から美濃地、黒谷地頭に任命され、関東から下って来た菖蒲五郎貞盛(実盛)が築城したと考えられていますが定かではない。 南北朝時代には南朝方と北朝方の間で、またその後は、益田氏と津和野の吉見氏が美濃地、黒谷の領有をめぐって当城の争奪を繰り返しました。 安土桃山時代には、完全に益田氏の支配下におかれましたが、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いに敗れた益田元祥が、須佐に移ると、時の城主喜島備後守宗勝も長門国市見に移り、横山城は廃城となりました。
平成17年3月  益田教育委員会










▼益田市二条地区振興センター(二条地区の町おこしプロジェクト) ⇒ こちらからどうぞ
▼二条川の自然はこちらからどうぞ

▼ふるさと二条ネットワーク動画はこちらからどうぞ
▼ふるさと二条ネットワーク動画はこちらからどうぞ

▼二条里づくりの会 『ひと部会』(益田市 地域団体 Facebook) ⇒ こちらからどうぞ
▼益田市二条地区振興センター(益田市 地域団体 Facebook) ⇒ こちらからどうぞ

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益田市 ~ 美都町の紹介

特産品のゆず。昭和50年代はじめから、美都町(当時)の奨励作物としてゆず栽培が広がり、中国地方でも有数の産地になりました。晩秋には町内あちこちで黄色く色づいたゆず畑を見ることができます。



▼ 美都町マップのPDFはこちらからどうぞ

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▼ みと自然の森のPDFはこちらからどうぞ


▼ 上記ゆず簡単レシピのPDF ⇒ こちらからどうぞ
▼ フードコーディネーター西本敦子さんの紹介 ⇒ こちらからどうぞ

ゆずレシピ フードコーディネーター 西本敦子 提案・監修
ゆずの里 益田市美都町 生まれのゆずは、とても香りが高く爽やか。ゆずの果実をやさし~く絞った果汁は、雑味がなくスッキリとした味わいです。そんなゆず果汁たっぷりの3つの商品とゆず皮を使って簡単レシピを考案しました。
▼ 西本敦子さんのゆずレシピのPDFは ⇒ こちらからどうぞ

みとのええもん紹介(美都良品)

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